『明闇』より ―抄―

称えなん此の世の終りかも知れぬ
波風も唯一筋に乗り切らん
見てござる真如の月が見てござる
踏まれても根強く忍べ福寿草
限りなき大悲の風にうちまかせ
開座して人に聞かすも菩薩なり
過去の種花を開いて実を結ぶ
自惚れは他人に見えても身に見えぬ
慈悲すれば愁苦の難は遁れ去る
人々よ姿にかけた法を説け
薄氷を踏む思いにて日を暮らせ



夢の世じゃ今日が最後じゃ明日はない
 力つくして世のために

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-18 07:46  

『明闇』の歌・句について

『明闇』には
句(五七五)が2,770
歌(五七五七七)が40
書かれています。
『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)と一部重複しています。

『明闇』は比較的手に入りやすいですので、ここで紹介するのはやめます。

「大沼法龍師の言葉」
http://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu
に20ほど紹介されています。
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# by tommyfebruary28 | 2010-09-18 07:17  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 1601~1761

現象の差別の相に狂い泣く
口角に泡を飛ばして利を競い
哀れなり死出の山路は丸裸体
名声も迷いの人の怨嗟のみ
その欲を満足さそうと寝もやらず
その欲を邪魔をさるれば怒り出す
その欲を無理に圧ゆりゃ愚痴となる
この我執遂成大悪大悲劇
家の中親子夫婦も怨家なり
国中が毒ガス騒ぎの大爆発
いざさらば霊眼開け回れ右
無明(ちり)払え無色の玉は輝けり
阿弥陀とは三世貫く真の慈悲
阿弥陀とは普遍無辺の真の智慧
無衰変真如実相輝けり
智慧と慈悲摂化随縁自在なり
この極意顕現したる人はなし
霊眼に一如法界顕現す
永遠の光り眼ざしてお念仏
この信は小我滅して大我生き
その徳は無一物中無尽蔵
その徳は法界に満ちて無衰変
法界は真如一実大自然
大自然大自然とは如来なり
如来とは如より来りて如に帰る
知らざりき法竜の信も一如なり
愧ずかしや如来の徳を行ずなり
往生に已今当の三つあり
出た息は過去入る未来ぞ心せよ
一息に三世あるとも知らずして
肉体の仮の姿の死後を待つ
まだ覚めぬ平生業成お留守なり
一生に一大事業完成す
毎日が光りに向けば悔いはなし
三業が如来の徳に計らわれ
愛欲の栄華も一場の夢と消え
友もなし一人空しく流転する
有限を無限の欲で奪い合い
有財餓鬼名誉の餓鬼に色の餓鬼
食う食えぬ様々の餓鬼世に溢れ
満ち足らぬ不足の思いはみんな餓鬼
大海の果たす報謝は一滴(ひとしずく)
物質の酒を飲むより法悦の
身に余る感謝の酒に陶酔し
働けば働くほどにはたが楽
法竜の趣味は総てが布教だけ
無碍自在親と一如のこの境地
我が境地及ぶ者なし世界一
損せじとあせれば銭は逃げて行く
得せじと逃げれば銭はついて来る
算用が合うて足りない世の中だ
銭足りて算用が合わぬ不思議あり
施せば損ではないぞ先回り
喜びの他人の笑顔は如意宝珠
施せる境遇こそが我が宝
事足りて欲しい物なしこの世には
心眼に映る物みな光りあり
天地間神羅万象恵まれて
合掌し神羅万象拝みます
日常の消費物資も大切に
節約は慈悲親切な心から
親切に物は集まる福禄寿
親切は皆持っている出さぬだけ
親切の普施の行に敵なし
持戒とは脱線するな生活を
信仰は遊戯ではない実行だ
道徳を守る人さえあるものを
宗教を聞かされながら説きながら
醜怨は宗教までも破壊する
霊眼を開けば親と一如なり
照らされて身の行いが愧ずかしい
闇におる身の醜態が見えぬだけ
殺生は生き物殺すだけでない
物浪費時間の空費乱費まで
盗みとは欲しいと思う心まで
限りある物の争奪つきぬはず
色の道死ぬまで踊り(雄鶏)忘れない
爺と婆養老院で奪い合う
この口が常に悪を撒き散らす
この心常に三毒吹き散らす
迷いとは悪を悪とも知らずして
手綱引き真理と歩調合わすれば
照らされて身に過ちはなき筈だ
忍辱は忍耐強くよく忍べ
それに何故激突したか本山と
既成宗破壊するのが判らない
情けなや他力無力にあぐらかき
葬式や読経位で救わると
観念や机上の空論死後の夢
現在を救済する道更になし
真宗は平生業成心不退
大慶喜現当二世の大利益
体験がないから語る人もなし
身を忘れ心身捧げて体当たり
世の闇を照らさん為の燈明台
この光り誰かどこかで随喜する
我が行は忍びて終に悔いざらん
精進は魚を食べぬだけでない
成せば成るたゆまぬ努力するが精進
点滴が石にも穴をうがつなり
求道も満てらん火をも過ぎゆきて
成功は精進努力の結晶だ
よく磨き使う刃物に錆はなし
さらさらと流るる水に腐れなし
心身を奉仕する身に病なし
不思議力仏力不思議無量力
絶対の神通力を身に受けて
何事も出来ぬことなしやらぬだけ
大自然平等にして差別なし
種々無量千変万化は蒔いた種
他人は他人他人の出世に驚かず
血みどろの他人の名利も羨まず
人生の真の幸福知らずして
物質の有為転変で苦労する
心眼を開けば天地無尽蔵
世は流転人智の栄華花火のみ
人智より仏智に入れば最勝人
無欲なら神通自在の世の中だ
霊眼を開かにゃ世界は開けない
真宗は身命終でない心命終
徹底の仏凡一体の境地には
現生に常行大悲の利益あり
照育の遠慶宿縁有難し
幾度もよせかけよせかけ還るごと
還り来て世の群類を度脱せん
心眼を開けば暮らしいと安し
右の手は光明無量で智慧の相
左手は寿命無量で慈悲の相
三界は心の所変蒔いた種
大歓喜如来と等しと説き給う
苦抜けした大信心は仏性なり
穢身にて仏性すなわち如来なり
娑婆界が光明の広海至極楽
人間は信仰なければ不平だけ
心眼を開けば尊し今が楽
呼べば呼び呼ばねば呼ばぬ山彦ぞ
明らかに応声即現親様が
恥ずかしや摂取光中又忘れ
明らかに晴れて満足この世から
財産家一生がかりで金の番
信がない笛を吹けども踊らない
信有れば思いのままぞ無碍自在
明け暮れに唯拝みます恩の中
あら尊感謝の泉涙ぐむ
何事も唯何事もお念仏
浮世とは善いも悪いも夢の中
走馬灯四方の景色も眺めつつ
信の火は末代遠く照らすなり
開発をすれば一念諦得す
一念に八万の法蔵を読み
一念を知らざる人は他門なり
有難いいつもブツブツお念仏
法が生き機がすくわれて共に生き
世に超えた大願成就阿弥陀仏
苦抜けして仏凡一体有難い
法を聞く明るい光り身に浴びて
速やかに大悲の願船乗ずれば
家内中苦海慈光でやすらかに
苦海でも仕事のままに光あり
親思う心は親の心なり
親のみ名晴れて満足世界一

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-18 07:11  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 1401~1600

従うは怨み呪いの業のみぞ
驚かぬ無常の嵐見せられて
蒔いた種自業自得で荷ない行く
善を蒔き善の結果を得ることも
徳を植え徳の盛華を見ることも
強欲で先人祖父の教えなし
我利我慢智明の眼つぶされて
財を追い今日も来る日もいとまなし
身は愚か心は暗く影を追う
愛欲に痴惑せられて道知らず
財色を貪ることは狼だ
糠に釘教語開示も受け入れず
愛欲も栄華も長く続かない
人々は業それぞれに泣きながら
病とは病は気から心から
身体には四百四病と言うけれど
心には八億四千の思いあり
心をば弘誓の仏地に乗托し
慈悲の徳心も安く身も安し
省みて祖先の意志に悖らない
一念を他力より発得しぬる後
こりゃ不思議生死の苦海をうしろにし
はからわれ涅槃の彼岸にいたるなり
この上は他力の信に催され
おのずから起行作業はせらるなり
有難や嬉し尊や南無阿弥陀
欲をすりゃ重荷にのうて苦労する
欲捨てりゃ思いのままになる不思議
有難い御恩感謝で日を暮らす
この社会善悪二業の展示会
慈悲をせよ善根植えよ功徳積め
往生は仏力不思議生活は
身を責めよ慳貪なるは貧のもと
法を聞き衆悪の源をたち切れよ
善をなし心垢を洗除表裏なく
和顔にて言行忠心親切に
法を聞き因果の道理知ったなら
身にかけて行うてこそ仏の弟子
大自然法にかなえば家栄え
宗教を聞いていながら相すまぬ
くらがりに影は映れど見えぬだけ
品物を粗末にすれば果報消す
神明は記識して悪を許さない
眼を開け貧窮に下賎孤独あり
愚痴音痴聾盲弊悪乞食あり
皆宿世自業自得の報いなり
悪を作し殃罰を受け世を呪う
苦の中で悪を慎み善すれば
福徳は度世泥洹の道を得ん
かき集め喧嘩の種を残し置き
業荷ない独りとぼとぼ悪道に
蒔いた種三塗無量の苦悩あり
一心に心を制し身を正し
法の徳心も安く身も安し
いつも春言行忠信表裏相応
家栄え家庭和楽でお念仏
無尽蔵この世でさえもこの利益
この身こそ最高無上の果報なり
何人も代わるものなし自己の業
善人は善を行じて楽に入り
悪人は悪を行じて闇に入る
この理法仏のみ独りしろしめす
蜜をなめ舌の切れるを知らぬごと
道知らず名利に狂うて深淵に
その中に端身正念の人あらば
この人は地上の宝世を照らす
往生は仏力不思議に乗托し
生活は勧善懲悪に徹し
行者とは実行する者を言う
ものを知り行わざれば罪重し
誤魔化せぬ罪の裁きの展示会
ひれ伏して唯念仏にしくぞなき
小微より大悪となる因果の理
薬あり毒を好めの教えなし
光りあり姿に影は離れない
善悪の二業は常に身にまとう
真実は正義の味方狂いなし
土壇場で悪人ばらは縄につき
因果の理テレビ見ながら他人のこと
他人が死ぬ他人が死ぬると思いつつ
死の淵に一人残らず消えて行く
他人のこと言うまい見まい思うまい
我が身さえ意馬心猿がままならず
善いことと知りつつ言いつつ行なえず
悪い事慎みながら犯してる
なむあみだ南無阿弥陀仏有難い
親様に計らいつきて計らわれ
文句なし唯念仏ぞ念仏ぞ
この味も文字でなくば残されぬ
この意味も言葉でなくば導けぬ
文字言葉心念離れ無我という
無我の真似離れすぎたら味はなし
有難い自然のままに計らわれ
無始無終 流るるままにお念仏
大自然四季の間に間にお念仏
花は咲き散りぬるあとに実を結ぶ
生まれては業の間に間に実を結ぶ
心眼を開けば清し大自然
大自然自業自得で流れ行く
悔ゆれど代わる者なしいかんせn
身にしみて感ずるものは親の恩
すべて皆恵まれ過ぎて仰ぐのみ
御恩をば御恩と知らす仏の恩
阿弥陀仏大自然なり法爾なり
名利越え我行精進はたすのみ
有難ややむにやまれず果たすのみ
広大の恩徳ひとえに謝し難し
仏舎利と祖師親鸞の御真骨
双肩に荷うて立たん大宣布
不思議なり仰ぐみ法の尊さよ
まのあたり大聖世尊の遇えるごと
直々に祖師の説法聞くごとく
胸迫り感極まりてすすり泣く
世の中に不思議が有りと言うなれば
仏と祖師二尊のかたみ集まりて
法竜の悪逆の身を摂取する
法竜は願わざるのに求めずに
御廻向の賜物なりと感激す
天に舞い地に踊りても猶足らず
不可称摩訶不可説不可思議
たとえなき天地に満てる大功徳
法竜は人間までが桁はずれ
法竜は信仰までが桁はずれ
法竜は果報までが桁はずれ
法竜は二種深信が桁はずれ
法竜は歓喜懺悔が桁はずれ
法竜は三毒五欲が桁はずれ
面白い桁を外れて唯の唯
広大の恩徳深しきわもなし
乗りて降り降りては乗るバスのごと
生まれは死に又生まれては次の世に
はてもなく逢うて別れて今いずこ
笑顔せよ宿世の因縁同じ宿
渡し船向こうにつけば離散する
森の鳥一夜明くれば飛んで行く

親となり子となり孫と縁結び
念仏の一味の信は親の里
信なくば業の間に間に別れ行く
お互いに名利の我執横車
眼に角を握りこぶしを振り上げて
勇ましい親の振る舞い子が真似て
哀れなり闇から闇にさ迷うか
手を合わせ和顔愛語はうるわしい
家内中拝み合うのが至極楽
交通の整理守ればすらすらと
横車名利の先を争うて
我他彼此とわめき合うのが世の習い
理も無理も意見の相違我欲から
雪降りて祖師や蓮師の恩偲ぶ
炭はなく飢えに泣く子もいるだろう
温室で淫蕩の子もいるだろう
人間は千差万別蒔いた種
泣くも我笑うも我ぞ心せよ
南無阿弥陀喜びの中の大慶喜
日々が光りに浴し暖かく
阿弥陀とは無限無辺の真理なり
真理をば悟りし方を仏という
真実に帰入しぬれば一味なり
三界は無明の為に差別あり
無限とは寿命無量の真理なり
無辺とは光明無量の真理なり
その真理諦得すれば仏の弟子
仏凡は一体なりと自覚する
迷いとは自覚なくして闇に向く
光明に照らされぬれば機にあきれ
慈悲の手に生かされぬれば感激す
行者とは智慧と慈悲とを実行す
大智慧を諦得すれば愚痴はなし
大慈悲を諦得すれば不安なし
念仏は今の心は人で弗し
念仏と一つになれば仏なり
仏の道行する者が行者なり
御利益は常行大悲の利益あり
智慧の徳慈光はるかにかむらしめ
種々無量悩む心は解脱せり
往生は仏智の不思議満足し
生活は行者の厚念励むべし
天道は自然のままに裁き行く
光りには清浄歓喜智慧の徳
清浄は欲の煩悩照らし抜き
歓喜光怒りの炎消し止める
智慧の徳愚痴の心を切り開く
お光りに向いて進めば栄えゆく
布施の行人と物とに親切に
親切は上を敬い下愛し
人々が不幸の時は助け合い
法友は共に喜び共に泣く
笑顔して道教ゆるも布施の行
人々は光りに向けば仏なり
心霊は久遠の弥陀と一如なり
釈尊も親鸞も法竜も一味なり
誰人も仮名の名字変われども
谷川に解けて流るりゃみな一味
無始無終真如実相涅槃界
その真如無明のためにさえぎられ
闇に向き無碍の光明背に受けて
哀れにも闇から闇にさ迷えり
心闇身の病となり皆悩み
人間の邪智を真智と誤認せり
悩みつつ真如の都離れ行く

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-18 01:30  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 1201~1400

み仏の智慧と慈悲とに導かれ
猛然と自分の使命果たすだけ
競争の激しい辛い世の中で
普通では並の者にもなれぬ筈
成功は運根鈍の三要素
運勢は寝ていてでなく練って待て
心血を注ぐ昼夜の努力あり
寝て待てば貧と喧嘩は先回り
根気よく努力をすれば蛙さえ
柳に飛びつきてっぺんに
根気よく工夫凝らせば一流に
馬鹿でない鈍重なとは忍耐だ
よく忍べ必ず勝てるみな人だ
商売も品物売るなら真心を
相手をば菩薩と拝み親切に
偉そうに文句言わずにお念仏
長男の甚六とは阿呆に近い代名詞
間違いだ長男の順禄と言うことだ
間抜けでも長男なれば禄を継ぎ
偉くても次男三男部屋住まい
常に言う待てば甘露の日和あり
世の中に甘露の日和ありゃしない
時化の時急いで航海難儀する
あわてるな航海によい(海路)日和あり
偉そうにわずかな富に自惚れて
縁談で牛の骨やら馬の骨
あの文句どこの氏やら生れやら
仏とは自覚覚他で窮満する
自らが覚り得ずして覚らせぬ
信仰は自らを度し人を度す
帰命して自利と利他とが円満す
自信なく教人信はあられない
自らが溺れていては救えない
生活の保護を受けては施せぬ
独立の暮らし立つ身を感謝せよ
人間は有れば有る程欲がさす
人間は持って苦しむ無くて泣く
人間は富有なれども慳著で
慈悲がない施さないから裏が来る
身内から借りに来られて腹が立ち
その宝返さないから腹が立ち
借りるとき笑顔できても後は鬼
貰うより上げられる身の幸せを
幸せの喜べる身は御恩なり
物よりは心の広さ無限大
信仰に育てたまいし親の恩
この御恩仏祖の御恩無尽蔵
無尽蔵信海流出のお称名
称名に三仏菩薩が生き生きと
一切の有碍に障りは更になし
障碍とは我慢我執や我欲のみ
この毒を薬と変じいざ立たん
尊さよ広大無辺の御恩徳
相すまぬ身を粉にしても相すまぬ
報謝とは口で言うのみ名利のみ
真宗は信心正因称名報恩
御廻向だ他力廻向だ素直にと
御教化を並べてみても話だけ
食堂の料理眺めてふくれない
一念の喉の関門通ったか
千円の料理もうどんも同じこと
有難い選択本願信ずれば
こりゃふしぎ不可称不可説不可思議の
勿体ない功徳は行者の身に満てり
読んだだけ思うだけでは満ち足りぬ
名号に破満の徳と聞きながら
悲しい哉晴れた人なし醒めてなし
その証拠不平や障碍愚痴だらけ
本願を合点でなし信ずれば
二種一具気を抜いた法は信でない
深信は法は機に生き機は法に
機を抜いて法を喜ぶ遊戯なり
遊戯には不思議の功徳更になし
功徳なし苦毒は行者の身に満てり
行者とは実行する者行う者
名号を生活の上に生かす者
名号は光明無量で闇照らす
人間の智慧を無明と知らずして
知った智慧世智弁聡で偉そうに
雑行も雑修自力も疑いも
不思議なり信一念で廻れ右
一切の無明の闇は晴れわたり
罪障が功徳の宝と早変わり
名号は寿命無量で世を救う
世の功徳名利財産うたかたの
太閤の栄華でさえも夢の夢
世の宝殖えた減ったで迷うてる
形ない無形の宝無限大
焼けもせず盗られもしない無税なり
南無阿弥陀無限の宝満ち満ちて
光明の智慧を頂き愚痴はなし
お寿命の慈悲を頂き不安なし
名号は勿体ないので有難い
機法一帰入功徳大宝海
信の徳功徳は行者の身に満てり
法に生き慶喜歓喜の大満足
機に徹し慚愧懺悔も限りなし
哀れなり第十八願の誓願も
文面読んで素直に通るだけ
やるせない仏の真意顕れず
自覚なし悪人正機の自信なし
真宗は平生業成心命終
何もない取り上げられて摂取不捨
人生に欲しい物なし無我の徳
足りすぎて足りないものは報謝だけ
遠き道ふりかえり見ば近い道
昨日今日喜怒哀楽も大晦日
有難い唯お念仏お念仏
今年も聞き終りけり除夜の鐘
歳とりて希望に燃える法味楽
なむあみだ寝ても覚めてもお念仏
なむあみだ立っても居てもお称名
念仏が松飾りなり宝船
百億の富に埋れて苦しめり
念仏の和楽は富に勝りけり
地上にもこんな極楽あることを
ほほえみぬ如来大悲の恩徳に
色と酒母のいましめ身にしみて
節約し無駄な費用は施しに
真宗をにのうて立てよ双肩に
一隅を照らして行かん道はるか
いざ進め千里も一歩始めから
脇目なし唯一すじに無碍の道
名利なし無形の宝無尽蔵
孤独でも三仏菩薩に護られて
善悪の天神地祇もお伴する
肉体は滅びたれども永遠に
両親の慈悲のまなざし道照らす
この心仏智満入いつも春
聖人は苦労の悲劇流罪まで
法竜は恵まれすぎて感謝のみ
覚めよ人この世の利権は浮雲よ
わたくしは念仏に生き念仏に死ぬ
広大の無辺の徳に動かされ
有難い天地万物拝むだけ
金いらぬ名誉もいらぬ地位いらぬ
君のため国のためにと西郷は
孝子には孝行なくて親があり
忠臣には忠義がなくて君があり
信者には信仰なくて仏あり
身を忘れ唯一筋に尽くすのみ
遇法のこの慶びは無限なり
只でない唯になるまで聞けば唯
十八の乃至十念の称名も
裏を読め十方衆生よ自惚れるな
照らされて唯除逆謗我が身なり
生かされて若不生者で踊り舞い
我忘れ噴き出る称名唯の唯
文面を合点したのは只の只
大小を二本差したら武士は武士
信仰も合点と深信天地の差
下々品に仏を念ずる能わずは
声をして唯仏名を称すべし
単純に称うるだけと言うけれど
居眠りやあくび半分うわの空
下々品は火車来現で眼をむいて
空つかみ苦逼失念正気なし
百千の剣で刻まるる思いにて
あぶら汗死の臨終で断末魔
一息が三定死に立つこの境地
この境地在心在縁在決定
知識にて帰命の一念発得し
噴き出る称名念仏唯の唯
溺れない畳の上の水練や
救われぬ机の上の空論は
絵に書いた餅を眺めて喜べど
それはみだ達者なうちの戯論のみ
唯という言葉に変わりはなけれども
居眠りと必死の境地桁違い
異安心無安心だと議論すな
その人の境地しか話せない
行いで示せ終局は親の里
一秒も待たぬ命と知りながら
暇もなく不急の事に眼をまわし
火の車有田憂田有宅憂宅
人間は少長男女もろともに
銭財を追いつ追われつ苦しめり
尊卑なく貧富もなくみな不満
有財餓鬼名誉の餓鬼に不満餓鬼
喉は針(の穴)腹は山程はてしなし
我が欲の希望のかなうは針の穴
欲望は山程ありて満ち足らぬ
あのあせり猛火となりて焼き尽くす
財産は求める時が苦の始め
財産を維持することが又苦労
財産の消散摩滅で身も破滅
有難い無形の財産無尽蔵
世の中に恒沙の功徳預けおく
縁にふれ時に応じて恵まれる
毎日に御恩御恩と拝受する
信仰の光りに向けば影はくる
親族も事にふれては憎嫉す
愧ずかしや有無相通ずる心なし
言色は常に和せよと知りながら
人は皆怒りや毒を蓄えて
お互いに報復し合って流転する
苦楽の地代る者なし蒔いた種
独り死に独り生まれて独り去る
業流転又逢うと時は又難し
覚めよ人築きし名利離散する

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-17 20:42  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 1001~1200

無理をした金は病気で苦しんで
楽をして儲けた金は楽に消え
マイカーで威張ってスピード衝突し
次々に悪事災難噴き出るは
愚痴無智の心の毒が顕わるる
照らされて身の置き処なき身かな
恵まれて身の置き処なき有難さ
毎日が天に踊りつ地に躍る
広大の恩に泣きつつ果たしつつ
足どりはおぼつかなけどたゆみなく
全霊を注ぐ楽しさ有難さ
往生は他力不思議で足りすぎた
毎日の足りないものは報謝だけ
煩悩は昼夜不断にかけまわる
念仏は行住坐臥にへだてなし
尊さよ無上殊勝の本願が
不思議なり無上殊勝の名号と
ずぼらにも無上の心をおこさしめ
届いては最上無上の信となる
絶無にも無上の功徳を具足して
最大の無上大利が与えられ
ぼつぼつと無上道を歩ましめ
この身こそ無上涅槃が授けられ
泥凡夫無上の仏果にいたるとは
この境地広大無辺ではてしなし
この鬼がこれで仏になるそうな
南無阿弥陀こうも悪魔が恵まれて
その深さ梃子でも動かぬわが心
立ちづめの慈悲の涙に催され
愧ずかしやかぶりふりふりついて行く
朝寝好き朝起きするのが大嫌い
仏前のお掃除するのが大嫌い
心こめお勤めするのが大嫌い
殊勝げに他人のいる時丁寧に
愧ずかしや一人の時のその早さ
仏より人間様に気兼ねして
この心因果を無視する当たり前
このざまで善果望める筈がない
貰うこと頂くことは大好きで
布施の行爪抜くよりも難しい
他人の苦を見ておりながら知らぬ顔
施さぬ堪忍強さは人一倍
蒔かぬ種これで果報が来るものか
身はずぼら邪見放逸限りなし
そのざまで使命果たすと自惚れて
信施をば不足言いつつ浪費する
天罰は未来を待たでこの世から
念仏も無事にまぎれて忘れがち
信仰深いようでも浅いこと
祖師曰く名利に人師を好むとは
法燈をかかげて行かん世の為に
放逸を許してしかも他力ぞと
偉そうに勝手振舞う我が心
照らされて資格なき身が愧ずかしい
血の涙一子の如く憐念す
釈尊は観音勢至の友達と
善導は五つの嘉誉を与えられ
この心泥田の蓮と讃められて
鉄面皮人面獣心何故覚めぬ
哀れなり慚愧懺悔の心なし
念仏は一声なれど法界に
南無阿弥陀
   十方法界
  ゆるいでる

天地間六種震動この歓喜
この広さ無一物中無尽蔵
懈怠にも声なき声は鳴り響く
立て進め繋縛の疑網截ち切らん
世の人は名利離れて動かない
名誉とは死に行く人が讃めるより
信を得よ死なぬ仏に讃めらるる
利益とは散りゆく財産あてにすな
徳を積む無形の財産無尽蔵
法の徳せずにおれない摩訶不思議
不思議なり怒る拳も合掌と
善い事を思いつくのも法の徳
悪い事やめさせるのも法の徳
お姿は十劫已来にこやかに
悪業に狂うた時もにこやかに
泥酔もやさしいまなざしにこやかに
覚めるまで待ち続けてもにこやかに
悪党を捨てず裁かずにこやかに
慈悲の眼にはむかう剣更になし
称名も功徳宝海たえまなし
称うれど称えておらず称えつつ
このままがこの世の利益きわもなし
無限大あふるる歓喜無限大
世の中は食いたい飲みたい遊びたい
慎んだ慎まない身の業だ
人間の善し悪しなどは自因自果
真宗の絶対他力のみ教えは
善根が往生浄土のためならず
悪業が往生浄土の邪魔ならず
相対の人を教える教えには
善因に善果は必ず顕わるる
悪因に悪果は必ず報うなり
念仏は行者のためには非定散
定心の念仏にては助からず
散心の念仏にても救われぬ
助かったと思えば自力思わにゃ無力
人はただ言葉でなければ導けぬ
言葉を離れたつもりも救われぬ
我々の善し悪しのなどは通じない
このなりで唯み仏にはからわれ
文句なし唯お念仏お念仏
有と見るも空と見るのもみなよろし
非有と見る非空と見るも又よろし
非有非空中道なりと説くもよし
非々有空一切離るりゃ皆よろし
無我無我と言うは有我なり無我も有我
真宗も他力他力で皆自力
計らうな計らうなとて計らうて
聖人は計らいつきて計らわれ
人々は計らわずして計らうて
人々は計らうまいと計らうて
腫れ物にさわす信仰味(切れ味)がない
真似は真似真実でない贋物だ
贋物は極致に来れば化けの皮
自信なし教人信もお留守なり
一念も言葉にかくればみな我執
一念も言葉にかけねば導けない
一念で真仮の分際鮮やかに
信前と信後の水際判然と
入り口で信後の真似は上手なり
真似は真似死後の夢では慶喜なし
不思議でも不思議不思議で思議になる
三世とは過去と現在未来なり
三世とは前と此の世とその次と
三世とは昨日と今日とまた明日
三世とは出た息入る息その次と
一息に前後の有るが三世なり
後生とは次が入らにゃ一大事
とぼけるな後生の大事死後でない
一念は何時とはなしで決まらない
たちどころ聞即信の一念が
真宗の極意極致の摂取不捨
情けない宿善任せと言いながら
一大事何故あわてない急がない
はいはいと素直にきくなら迷やせぬ
素直にと猫をかぶってよい気持ち
微塵劫すぎても覚めぬ酔い心地
右の方傾くまいと左寄り
左には落ちてはならぬと右に寄り
両方に落ちまいものと危ぶんで
逡巡し一歩も進まぬ愚かさよ
昔から機に傾くなと法に寄り
十劫の昔に親は苦労して(十劫秘事)
今すでに助かってること知らなんだ
南無は機ぞ阿弥陀は法ぞ仏になる
事おわる今さら帰命いらぬこと(無帰命安心)
本願は無碍自在なり恐るるな
恐るるは信じていない証拠なり(造悪無碍)
本願に勝る善なし名号は
我々の悪業などは邪魔ならず(本願ぼこり)
法にのみ傾くまいと機をあせる
機をなげく土蔵秘事やら地獄秘事
信機秘事機の知れたのがお助けと
両方に傾くまいと腰をかけ
機と法を並べた信は合体だ
自分だけ機にも法にも片寄らず
おめでたい宿善厚いと自惚れて
素直にと済ましているのが九分九厘
たわいないそんな信仰幼稚園
お話の判っただけの信仰は
深刻な二種深信は欠けている
二種かけて歓喜懺悔は有り得ない
話では勇猛心も覇気もない
どちらにも傾いたのは異安心
どちらにも傾かないのは無安心
自らが計らわざるが自然なり
自らが計らわないのは無関係
信仰はぼんやりしとりゃみやすいが
深刻に求めて行けば難しい
難中の難を越ゆればいと易し
法竜はああ法竜は法竜は
この境地三千世界に唯一人
覚めよ人転ばぬ先の杖の用心
自滅する病は気から心から
感謝には心の悪魔退散す
不安なく不満いだかず奉仕する
身は出世心に不安更になし
此の世ではこれを名づけて業苦楽(極楽)
健康で衣食足りて不自由なし
慈悲心は長寿の基親切は
家栄え無病息災福の神
皆様が調子合わせてお念仏
この家にはいる隙なし悪鬼神
悪魔等は居心地悪し念仏の家
悪魔等は喧嘩口論親不孝
色狂い大酒横領朝寝坊
しめっぽい愚痴泣き言が住まいよい
人々はこの世の小利に眼がくれて
無限大宇宙の大利に眼がさめぬ
闇路にはロウソクの火が有難い
太陽の御恩を御恩とさえ知らず
お百度や滝に打たれたご利益で
病いゆ財産増えたと有頂天
目出度いが限りある身の花火なり
念仏の三世貫く恩知らず
覚めて見よ此の世の利益きわもなし
あら嬉し業のまにまにお念仏
明らかに自業自得と知らされて

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-17 18:12  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 801~1000

自然なり自然と言うて有念なり
言葉にて導かなければ導けない
言葉をば離れなければ真ならず
真理とは文言心念の相離れ
離れすぎ無関係では悟れない
真理をば言葉にかければ皆我執
維摩居士一黙尊し百雷だ
愛憎も違順も不和も過去の夢
暴言も恨み呪いも夢と消ゆ
今は唯 唯さらさらとお念仏
仲直りせにゃならぬ程我執なし
本山と激突したのも宗のため
レッテルで中身のかわる信でなし
このままが自由の天地無碍自在
破門をば解いたか解かぬで騒動し
頭を下げたか下げぬで又騒ぐ
本山も唯で許せば権威なし
大沼も復帰をすれば信はなし
いざこざは時ぎり場ぎりで忘れてる
身を賭して唯一すじに法の道
善し悪しの毀誉褒貶は人まかせ
なむあみだ独仏知耳有難い
我他彼此と言うてるままで流転する
久遠から尽未来際まで流転する
流れつつ喜怒(哀楽)の両岸眺めつつ
盲愛で子供を馬鹿に育ておる
煩悩に任しておけば溺死する
太陽に照りつけられて枯れて死ぬ
長雨に農作物も腐りおる
照りつけて湿されてこそ発育す
父親が叱り続けて子は曲がる
母親の愛に溺れて子は堕落
父母の剛と柔とで完成す
仏にも智慧と慈悲の教えあり
本願に唯除五逆と叱りつけ
その裏に若不生者といだきあげ
光明の智恵は厳しく照らしつけ
煩悩はお許しなさるとずぼらこき
煩悩の中の逆謗赦されず
逆謗が無縁の慈悲に眼を覚まし
感泣し身を粉にしても報ずべし
悲智の徳観音勢至と示現して
休息なく慈光世界と照養す
釈尊の智慧と慈悲とが示現して
智恵の徳文殊菩薩は獅子に乗り
慈悲の徳普賢菩薩は象に乗る
真理まで究め抜かなん奮迅さ
猛進を往相廻向と申すなり
象に乗り普賢の徳を遂行す
これを名づけて還相廻向と申すなり
往還の廻向は他力弥陀の徳
みな嬉し唯ほれぼれとお念仏
確固たる自信があれば噴きいずる
法の徳教人信と宣布する
体験の自信なければ話なり
話では他人の肺腑えぐれない
お助けも智恵の欠けたるお慈悲では
金剛の我行精進有り得ない
荷ない抜く忍従不悔も有り得ない
極悪が極善の法に生かされて
このままが息するままが南無阿弥陀
親が生き子が生き上がる南無阿弥陀
この信は十方法界無碍自在
計らいがつきはてたのが計らわれ
極悪が三千世界唯一人
極善が十方法界唯一人
号泣が感涙むせぶ不思議さよ
往生の望みの綱が切れた時
助かった仏智不思議の鮮やかさ
どちらにも傾くまいと危ぶめば
信仰の切れ味はなしほとけのごと
言うまいと思えど突かずにいられない
人生は平和な航海のみでない
航海に雨や嵐の時化がある
用意せよ逆境の津波押し寄せる
あの人もあの人も皆死んでいる
あの人もこの人も皆病んでいる
我も今病に悩んで死んでいく
一輪の花は自然に咲いている
人間の毀誉褒貶を知らぬ顔
自らが書いて楽しむ法悦は
人々の毀誉褒貶の外にある
面白い書き置くペンのあとぞ楽しき
眼病や中風であれば事終わる
病気でも布教の出来る有難さ
信仰に卒業があり開発だ
報謝には卒業はなし終わるまで
御文には信心決定の人もあり
心せよ未安心のともがらも
一大事もっての外の大事なり
自信なし教人信と動かない
自信あり必死捨命の教化あり
天地間置所なし我が罪は
赦されて今日も一日お念仏
湧き出ずる歓喜の泉限りなし
精神の満足得れば皆歓喜
愚痴不満無明の闇が晴れぬから
光りには信心歓喜慶所聞
その徳は無量無辺に分かれたり
衣食住 満ち溢れては恩に泣く
報い得ぬ懈怠の心に鞭をあて
法のためやむにやまれぬこの心
寒空に焼け出されたる人もいる
父さんや病苦や貧に攻められて
うちしおれ生きる甲斐なき人もいる
恵むだけ恵まれている人もいる
金蔵に埋れていても丸裸体
次の世にビタ一文もお伴せず
子供には喧嘩の種を残し置き
重い業になうて迷い果てしなし
今日の幸涙に咽ぶ無尽蔵
拝みます導き給う祖母の恩
煩悩の中を貫く無碍の道
乗り越えて唯一すじにたゆみなく
我が自性人の道さえ歩めない
夜叉だもの仏道などは望めない
摂取され本願行者一つなり
慎めよ猛獣さえも御者のまま
み仏に意馬心猿もあやつられ
欲望の財色さえもままならず
不思議なり握る拳も合掌と
また変わる悪口雑言お念仏
真俗は二諦なりとは聞きしかど
信仰は機法一体二種一具
二諦でも真を離れた俗もなく
一諦なり俗を離れた真もなし
一念が法に向かえば真諦門
一念が機に向いたなら俗諦門
名号が機法に向いて顕わるる
名号が独り働く不思議さを
往還の二つの廻向は他力なり
この機ざま他力廻向に生かされて
慎める筈はないとは知りながら
その先は議論するより信に問え
放逸を宿業なりと逃げるとも
細悪を弥陀の利剣で切り取るも
お互いの各自の信がよく裁く
往生の一段に障りないけれど
よく御覧この世の裁きありありと
往生は仏智の不思議に任せつつ
生活は全身全霊捧げなん
三業も五戒十戒具足戒
消極の悪を慎む善根も
積極の善を励ます善根も
み仏の教えのままにいそしまん
難行の自力の善根実行し
その行の成じ難きを感得し
御廻向の他力の行を仰ぐなり
六字には万善万行具足せり
六字には因位の万行果地の徳
六字には十方法界の大功徳
六字には迷悟染浄の大功徳
六字には積功累徳悉く
六字には真実功徳大宝海
六字には身口意の三業成就せり
御廻向で令諸衆生功徳成就
その徳は不可称不可説不可思議なり
この功徳聞即信で全領し
この信は他力廻向の大信海
無慚無愧まことの心はなけれども
その徳は三千世界に溢れたり
巻き上げて諸善万行悉く
六字こそ開けば八万一法句
親と子が六字の中に生き生きと
称名は響流十方ゆるいでる
法蔵の三業のままが顕現し
有難い彼此三業は不相捨離
出来るとか出来ないとかは論の外
一すじにせずにおれない廻向法
同じこと繰り返すこそ有難い
太陽も軌道外れりゃ大変だ
日月も自然のままに運行す
脈拍も一秒一秒狂いなし
この呼吸繰り返さねばおしまいだ
今日も無事体さすってお念仏
念仏も開発以後も同じこと
時々に称える称名同じこと
毎日が便所の往復繰り返す
時々に口から出たら何としよう
煩悩もつきることなく繰り返す
裏表またゆりもどすお念仏
今日も亦つきぬ喜び繰り返す
世の人が御恩を御恩と知ったなら
和やかな仏の世界となるだろう
我他彼此とかなでたてるで面白い
音楽も単調では深刻か
反対に平凡なのか判らない
尺八に琴三味線にマンドリン
大太鼓小太鼓ピアノタンバリン
プカドンとオーケストラが社会劇
各家庭喜怒哀楽を演出し
各人が愛憎違順の主役する
ただ一人乱調なれば破壊する
お互い御恩御恩と手を合わせ
人生は一寸先が闇の夜だ
驚いた安全地帯で危険待つ
恐ろしや地震雷火事租税
取らるると知りつつ離さず置いて行く
安全と思えど類焼まるはだか
欲をして貯めたお金は詐欺に逢い

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-17 14:59  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 601~800

信楽を受持することは難の難
この難は三千世界の最大一
心せよわずか四行に九字も難
小経に難信之法と説かれたり
善導は生死甚だ厭えない
執着で仏法も亦ねがえない
体験の自信うること猶難く
難の難教人信は猶ほ更に
説き給う人寿得難く信慧なし
聖人は難信金剛の信楽と
多生にも弘誓の強縁値い難く
浄信は億劫経ても得られない
聖人は遇い難くして已に遇えり
聖人は聞き難くして已に聞く
道俗は難値難見更になく
稀有の法難得獲得更に稀れ
一生を他力無力で消えて行く
我が身こそ邪見憍慢と知らぬ奴
開発の信楽受持は難の難
存知ない易往無人の浄信も
気がつかぬ世間難信の捷径も
他力ゆえ無上の妙果難でない
機執ゆえ真実信楽難の難
本当だ無上の功徳値遇し難く
本当だ最勝の浄信獲得し難し
遇うこともよく聞くことも共に難
八万の法蔵よりもなおもまた
かたいのは弘願の信のただのただ
諸仏等は極難信の法と説く
浄信は末法濁世に稀なりと
得がたいと恒沙の諸仏証明す
蓮如さえ信心とる人稀なれば
極楽へ往き易くして人なしと
釈尊や善導親鸞蓮如まで
難しい極難難信と教えてる
真宗は安い安いと浮かれてる
道俗は話を聞いて話すだけ
聞き方に自力他力の区別あり
聞き方に信前信後の区別あり
信に亦如実不如実の信がある
道綽の三不三信何故知らぬ
色もない形にもない真理をば
絶対に低下と思わぬ悪性が
はっきりと信受すること極難だ
極難を突破さされて一体だ
一体は他力至極の易行道
ただのただ息するままが南無阿弥陀
難信で易行の道がお念仏
難信を体得せねば易も知らぬ
合点を深心したと自惚れて
自惚れに歓喜懺悔は更になく
我を募り身を粉にしての報謝なし
真宗が消えて行くのも無理はない
三仏の勅命真意無視してる
親鸞の文字を読んで腹読まず
色々と文句言うよりお念仏
念仏に勝る善なし徳もなし
有難いわしの財産三毒と
降り積もる五欲の他に更になし
よく見える心口各異の心だけ
我が心眼もあてられぬ浅ましさ
有難い煩悩菩提は体は無二
煩悩が多すぎるから喜べぬ
そうでない摂取されてはいないのだ
わが善は助けにならず往生の
わが悪は邪魔にもならずおさとりの
非善非行独り働くお念仏
浮いてよし沈んでもよし南無阿弥陀
悪い時蒔いた種の顕れと
身を攻める誰に恨みはなきものぞ
恵まれて仏祖の御恩拝むだけ
御恩ぞと導き給う親の恩
手を合わせみ名を称えて涙ぐむ
敵となり味方となりて縁結ぶ
世の中に悪人もなし敵もなし
我他彼此と隔つ心は我執のみ
鏡見よ鬼も仏も我が姿
苦に病めば宇宙は狭し首を吊り
楽しめば天地は広し無碍自在
太陽も上り終われば下り坂
月でさえ満月もあり三日月も
海の汐満ちては干干ては満つ
世の中の栄枯盛衰自然なり
それ御覧娘は嫁と花咲かせ
見るうちに嬶としぼんで婆と散る
苦に病めば日々夜々が苦しみだ
楽しんで自然の妙味味わわん
あざなえる縄にも似たり人の世は
苦があれば楽が出てくる春を待て
心眼を開かなければいつも闇
物質に恵まれすぎて愚痴ばかり
名利の中包まれながら不足言う
仏智をば諦得すればいつも晴
徳積めば見るも聞くのも皆愉快
善励め天地万物微笑めり
仰ぐだけただ仰ぐだけ仰ぐだけ
み仏のしろしめすまま仰ぐだけ
八万の法蔵たたんで六字とは
称うれば三千世界は震動す
誰も皆不平を言うな愚痴つくな
天道は自然のままに裁いてる
面白い六根欠けたる人もある
具足していながら姿はまちまちだ
展示会長短方円美醜あり
それぞれに我美人ぞと自惚れて
根機にも機毎機毎の差別あり
択集に人の根機は八十一
観経に三三が九品とあらわして
大経は上中下輩の三輩と
本願は唯除逆謗の一機なり
自惚れて我逆謗をつゆ知らず
法眺め理屈が合えば他力ぞと
感情の猿は踊って有頂天
名号の法を眺めりゃ皆他力
往生の邪魔にならない三毒も
臨終と切羽つまれば邪魔になる
罪悪も無常も話のうわの空
十劫に正覚取ったと話だけ
廻向する廻向するぞと空手形
いつ貰う死んだらお助け今でない
今でない今でなければ死後の夢
初めから平生業成お留守です
基礎がない観念の遊戯蜃気楼
三毒は邪魔にならぬと苦にしとる
この者をお助けなさると思うだけ
哀れなりこんな思いは皆消える
この信を機法合体と言っている
何故覚めぬ実機は奥のその奥に
親殺し法を謗った闡提が
自分をば邪見憍慢とも知らず
弊懈怠こんな持ち物存知ない
この七つ十八願から洩れている
除かれているとも知らで素直にと
十劫の昔話で夢を見る
法体の成就は十劫機受は今
届いたか開発したか一念に
正覚の狙いは何か逆謗だ
的が出ず法を眺むりゃ遊戯なり
逆謗の的を射貫いて基礎決まる
あら不思議が機に生き機が法に
開発で仏凡一体機法一体
今の今助かったことの有難さ
逆謗が弥陀の利剣で鮮やかに
この境地南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
この罪が赦されたのでない生かされた
噴煙が御恩喜ぶおたからだ
信の徳花を開いて実を結ぶ
拝み合い家庭円満無病息災
回れ右仰ぐ光りは感謝のみ
慈悲の家喜び事が続いてる
光りには清浄歓喜智恵の光
その徳は尽十方とあふれたり
その光り色とりどりに輝けり
世の中に不要の物は更にない
廃物も利用をすればみな生きる
有難い見る物聞く物みな恵み
祖先あり生かされてる身の有難さ
にぎやかに妻あり子あり社会あり
生かすため国や世界や宇宙まで
一秒も休みひまなく前進す
恩の中生かされながら恩知らず
生活が光明の広海と早変わり
恵まれた祖先の徳を仰ぐなり
蒔いた種病気貧乏身の不徳
何億の金はあっても金の番
豪壮も履いたり拭いたり掃除番
我が物と思えば楽だ大宇宙
各国は各国に任して政治さし
各省は各省の大臣が分担し
会社にも社長重役みな並び
各人が仕事仕事と懸命に
有難い自分一人を生かさんと
金がない今は定期で出されない
食べれない糖尿病で入院中
家がない建築中で仮住居
衣類ない貸してあるのがもどらない
ないものと思い変えれば気が楽だ
信獲れば事々物々が皆感謝
順縁も逆縁もあり皆御恩
有難いこの世の利益きわもなし
信ずるも念ずるも皆廻向
十劫も叫び届けし御念力
釈尊の八千遍の御苦労も
幾度も寄せかけ来たる親鸞も
強情な法竜一人を救うため
南無阿弥陀声も姿もなかりけり
南無阿弥陀南無阿弥陀仏阿弥陀仏
南無阿弥陀嬉し愧ずかし何としよう
唯進む毀誉褒貶は御勝手に
面白い波の間に間に計らわれ
愛憎も違順もすべてお計らい
正も邪も勝手に決める我執から
何事も唯にこにこと笑顔して
蒔いた種自業自得と言いながら
天道は自然のままに狂いなし
手を合わせ業の間に間に念仏し
糸を引くお計らいかはしらねども
無我無我と無我を募れば無我ならず
計らうな計らうでないとぼんやりし
計らうて計らいつきて計らわれ

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-17 10:28  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 401~600

慚ずかしやこれでも他人の上に立ち
偉そうに名利に人師を好むとは
どこまでも仏の面をかむりつつ
欠点は人には見えて身に見えぬ
焼けもせず汚れもしない阿弥陀仏
貪瞋の二河はそのまま白道と
言うまいと思えど又もほとばしる
何故ふれぬ祖師聖人の真髄に
聖人の言葉の真似はするけれど
この功徳現当二世の大利益
大利益この世の不幸苦にならず
苦にならぬ順縁逆縁勇みあり
勇猛は大障壁を乗り越えて
面白や神通自在無碍自在
信仰は握る世話なし離す世話なし
風吹けど山は動かず信念も
三井寺の大梵鐘も指一つ
気を長く押し続ければ動き出す
教界の因習打破も一人から
身を捨てて叫び続けりゃ右習え
真宗は平生業成こそ栄えなん
十劫の昔の救いは夢の夢
聖人はすべてがつきてすべて生き
聖人は我等の身代わりと言うけれど
聖人は五兆の願行唯一人
他人のんで我の渇きはとまらない
信仰の身代わりできる筈はなし
身代わりと言うは実地のない人だ
聖人は立ちどころにて解決す
聖人は何時とはなしとは言わなんだ
求道も三定死に立つ人がない
信仰も話理屈が合うだけだ
死を賭して求道しないその人に
身を捨てた報謝のできる筈がない
心つき思慮分別もつきはてて
涙枯れ絶体絶命竿一歩
あきれたる言亡慮絶の不思議なり
この境地無理に名づけて信の一念
一念は信の前後の分岐点
これは是唯信独達の大法門
この境地体験せずば他門なり
この境地体験すれば真の仏弟子
生活に六方礼経有難い
親と子が拝み合うこそ尊けれ
親は針子は糸なれば親次第
子は双葉肥料と添え木母の慈悲
親を捨て娘に捨てらるる因果の理
師と弟子が拝み合うこそ美しい
弟子は師を敬うてこそ上達す
師の影を踏まぬ人さえあったのに
あだ名つけ刃傷沙汰の弟子さえいる
夫とは愛とにて指導する
色狂い家庭破壊の第一歩
妻として敬と愛とを忘れずに
感謝する家庭和楽が真の極楽
親族と朋友などを拝み上げ
威張るなよ御恩を受ける時が来る
悪友の親切なのは金のある時
眼に見えぬ親族の恩友の恩
地に向けば主と従とが拝み合う
職業に上下の隔て更になし
大臣も清掃業者も同じ人
世は破滅拝む心の欠けた人
道俗が互いに喜び敬えよ
僧侶とは精神指導の大導師
俗人は僧侶を養う大施主
お互いに使命果たすか果たさぬか
又生えた人は知らねど種が正直
仏智にて心の舵を取り直せ
善導は仏の正意を明らかに
道俗時衆等各々無上心をおこせども
悲しやな誰もおこしていないのだ
善導の言葉の真似では夜は明けぬ
三定死突破の後に無我の信
勅命が届けば機法二種一具
この世にて晴れた天地が恵まれる
晴れわたり法を見てよし機でもよし
合点して信後の真似は上手なり
真似だもの如来の生命が通わない
大沼は信の一念腰掛けた
有難い不思議の境地無碍自在
一念は握る世話なし離す世話なし
合点で信後の真似は響かない
参らない自分の信仰贋物だ
聖人は流罪されても市をなす
大沼は破門されても群参だ
迫害を乗り越えてこそ光りあり
照らされて常に我が身を省みん
金いらぬ名誉もいらぬ地位いらぬ
仏より授かる使命果たすのみ
本当に照る日曇る日有難い
本当に暑さ寒さの判る嬉しさ
春は咲き夏まだ繁り秋実る
菰かむる牡丹静かに春を待つ
草花も毀誉褒貶は人任せ
有難い念仏に生き念仏に死ぬ
人生の善いも悪いも波のまま
有難い無限の喜びいかんせん
喜べぬ摂取されてはいないもの
死後の夢描いていては喜べぬ
理屈だけ開発せぬ者喜べぬ
話だけ頂いたらでは喜べぬ
噂だけ届いたらでは喜べぬ
お助けを死んだでは喜べぬ
御教化の機法合体喜べぬ
お助けの法だけ語るは遊戯なり
逆謗が逆縁と知らず自惚れて
照らされて罪の自覚のない者が
現生で救われた体験あり得ない
体験がなくて歓喜はあられない
喜びが往生の正因でないけれど
大飛躍喜ばずにはいられない
無明晴れ信心歓喜慶所聞
絆裁ち踊躍歓喜の大慶喜
聖人は広大難思のお喜び
さて不思議 歓喜信楽女人成仏
信の人見ては敬い得て大慶喜
観経に仏の所説で大歓喜
弥陀経に歓喜信受で作礼而去
総序には慶所聞嘆所獲
心には歓喜の多い歓喜地だ
獲信は見敬にして大慶喜
信楽が開発すれば歓喜地を
本願に開入すれば大慶喜
極悪も大慶喜して重愛を
聞一つ心身悦予のかんばせか
現生に心多歓喜の大利益
遇法で喜ばしい哉愚禿釈
常没も無上の信心大慶喜
歓喜とは身を喜ばし心まで
聖教にこんあに喜びあふれたり
歓喜をば語り得ないはない証拠
九節には喜び得ないとあるけれど
裏を見よ喜び得ないと喜べる
煩悩は氷と水の如くにて
罪障は功徳の体と大慶喜
煩悩は昼夜不断にうなりおる
体は無二憶念称名絶え間なし
和も不和も心一つの据えどころ
恩を知る家庭の花は美しい
南無阿弥陀受けた御恩を果たすだけ
果たすとは口先だけで何もせず
慚ずかしや歓喜懺悔もありゃしない
あるものは欲と怒りと迷いだけ
その中に白蓮華とは有難い
なむあみだ一人ぼっちの道中に
信の徳こんな果報と知らなんだ
飢えに泣く人もあるのに糖尿か
雨山の御恩蒙る菊の花
南無阿弥陀今日がこの世の終わりやら
名号は他力廻向の法なれど
一念の関を越さねば皆自力
自力なり唯一声の称名も
他力なり百千万の称名も
自他力は数の多少によらぬもの
開発がなくて(法を)眺むりゃ皆自力
開発し機法融くりゃ皆他力
機を抜いて法を眺むりゃ皆自力
満入し機法一つで皆他力
法体の成就を語る人のみで
鮮やかな機受の信相みなお留守
名号は十劫成就とうかれてる
一念で信念冥合忘れてる
聖人を泣かしている人誰だろう
合点して真の求道ない人だ
死後の夢この世の開発知らぬ人
求道なく信後の真似をしてる人
雑行も雑修も自力も知らぬ人
疑うていながら疑い知らぬ人
名号を聞いていても晴れていない人
仏法に縁のない人気の毒だ
縁あれど開発なくば又空し
無際より助正間雑する人と
久遠より定散心のある人は
哀れなり自力の機執離れねば
数知れぬ微塵劫を過ぐるとも
やるせない仏の願力に帰し難く
広大の大信海に入り難し
聖人は悲嘆傷嗟でお苦しみ
真宗は易い易いと執われて
根本の難信易行を忘れてる
信仰も感情の猿にだまされて
自性には三世の諸仏は呆れてる
誓願も逆謗の屍は除いてる
除かれた実機も知らずに自惚れて
成せば成るたゆまぬ努力するが精進
点滴が石にも穴をうがつなり
求道も満てらん火をもすぎゆきて
成功は精進努力の結晶だ
よく磨き使う刃物に錆はなし
合点して易い易いと流転する
十劫に正覚とりても立ち通し
哀れにも目覚める衆生なき故に
話なら素直に聞いているけれど
大音も久遠の実機は知らぬ顔
この実機開発するは極難だ
大経に難値難見と説きたまい
経道も難得難聞と教えらる
勝法も得聞又難と示さるる
開発の真の知識に逢い難し

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-17 03:57  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 201~400

浮世とは愛憎違順のもつれあい
念仏は威徳広大不思議なり
巻き取られ天地万物みな六字
どの花も自然のままに咲いている
美しい誰に向いてもニコニコと
心せよ一度の落ち度永久に
夢の世に眼に角立てて呪い合う
あら愉快今日一日も法の花
今日も亦御恩の中で有難い
いまだ見ぬ極楽世界行きたくもなし
我他彼此のこの世界こそ面白い
悩みなし今極楽が有難い
根限り働ける身の尊さよ
覚めよ人今の自業苦が地獄なり
百万の敵はあれども味方は一人
その見方恒沙の諸仏のお伴あり
お伴には無量の菩薩囲繞せり
信仰の光りは清く道照らす
六人の子を育てるは苦にならず
愧ずかしや一人の親が邪魔になる
親が泣く子に泣かさるるとも知らず
病には甲乙はないみな丙だ
貧乏と病苦の攻めが地獄なり
宰相も汲み取りもいる世の中だ
顔面の問答こそは無用なり
全機能どれを欠いても総崩れ
有難い難の苦もない有難い
入院は親より賜る休暇なり
先生に心の中で手を合わせ
あら楽しベッドの上が三千界
寝ていても総ての御恩よく判る
家内中顔曇らせて角生やす
心中は地震雷火事洪水
やり放しこれで今日までよく来れた
眼に見えぬ無量の光りに育まれ
この幸は仏祖の加護と親の恩
解脱とは心身悦予の相なり
衣食住 恵まれすぎて不足なし
無我の境 心に曇り更になし
貪瞋の災禍も今は慈悲の風
我が物と集めし財貨離散せり
我が屋敷人手にわたり横にらみ
散って行く眼に角立た人達が
いつの間にこんなに手足しわだらけ
眼に見えぬ糸に引かれてお念仏
満月も三日月もあり闇の夜も
娘嫁盛りを過ぎて婆と消ゆ
急げ人栄枯盛衰走馬灯
昔より生き残りたる人はなし
集う人業それぞれに散って行く
迷いとは心の行方知らぬ人
世の中の千変万化誰の業
又病気天道自然に狂いなし
善し悪しを語る資格がどこにある
出鱈目の暮らししながら福を請う
身が曲がる曲がった影が映るのだ
毒舌は途中で消えるものでない
返り血を浴びて苦しむ身の破滅
社会劇この世の舞台で芝居する
四苦八苦因果の裁きを受けている
わがままを通していたが倒産か
くらがりで落書きしたのが顕れる
蒔いた種一粒万倍花開き
蒔いた種悪事災難噴き上げる
明日はなし笑顔で暮らせ今日限り
人々よよい面を見てなごやかに
好かれない他人の欠点あげる人
好かれない他人の出世をねたむ人
好かれない他人をさげすみ差別する
好かれない他人が信用できぬ人
好かれない自慢話で自惚れる
好かれない我が身勝手で骨惜しみ
好かれない儲からなければしない人
好かれない奉仕の心に欠けた人
好かれない他人の不幸を知らぬ顔
好かれない下をあなどり上にへつらう
好かれない仏頂面で愛嬌なし
好かれない他人に同情しない人
好かれない陰口告げ口嘘をつく
好かれない他人の物なら浪費する
好かれない独りよがりが村八分
好かれない他人の意見を崩す人
好かれない頑固一徹通す人
好かれない他人と和合のできぬ人
好かれない我利我利根性持った人
好かるるは常に愛嬌のできる人
好かるるは協調性に抱擁性
好かるるは言えることしか言わぬ人
好かるるは他人の特長讃める人
好かるるは先輩を先に立てる人
好かるるは他人の落ち度を言わぬ人
好かるるは他人の信頼できる人
好かるるは無欲恬淡潔白さ
好かるるは些事にくよくよこだわらず
好かるるは青天白日秘密なし
好かるるは他人の不幸を共に泣き
皆報う他人の物とて粗末にするな
福徳は智慧や力でできぬこと
他所の火事ゆっくり寝入っておれるけど
他所の火事大きい程が面白い
隣り火事転倒する程慌てるぞ
家が火事茫然自失しないかい
信仰も程度程度で皆本当
低くても高くても皆山は山
説く人はわれ真実と自惚れて
ぼんくらも二本差したらみな武士だ
真実に極意究めた人はない
真宗も贋物だらけで面白い
真実と思っていてはつかまされ
聖人の言葉の真似は真似の真似
初めから真実なものはあり得ない
真実と自惚れつめて我を募り
真実は真似を真似と知った時
信仰も合点するは易いけど
真宗は他力無力で有頂天
真宗の極難信をお忘れか
身命を賭してひらけた人がない
哀れなり自分の機ざま抜きにして
法眺め機受の信相皆お留守
一体になれてないから噴き出ない
自信抜け教人信はあり得ない
真宗の前途寂しい秋の暮
またしても自惚れ心頭上げ
一滴も大海もみな同じ味
感情の猿は安安合点し
ど性根の牛は仲々動かない
愧ずかしい判ったような面をして
愧ずかしい人面獣心闊歩する
愧ずかしい教える資格どこにある
愧ずかしい赦されて生き護られて
毒花に法の香りの有難さ
拝みます仏や菩薩のおはこびを
あいすまぬこんな懈怠であいすまぬ
往生は仏智の不思議ただのただ
報謝には身を粉にしても猶足らず
人間が人間の道歩めない
有難い順縁逆縁お念仏
健康に育てし親の有難さ
祖先よりお念仏の血が流れ
大石も悲劇なければ只の人
我が心邪見放逸とりえなし
我が心貪瞋煩悩限りなし
我が心蛇蝎奸詐がよく見える
我が心不親切にて誠なし
我が心恩に報ゆる心なし
我が心慚愧懺悔の心なし
この悪魔恵まれすぎて涙ぐむ
それだけの自信を持って奮迅し
この信は神羅万象一呑みに
法の徳資格ない身が御恩受け
怒るなよ仏様が御承知だ
因果とは宗教の有無にかかわらず
立ち上がれ今日が報謝の最後の日
聖人の極意は一念の信にあり
この極意体験せずば他門なり
この一念信の前後の水際だ
信前は一声の称名も自力なり
所作動作善根までが皆自力
信後なら百千万遍も他力なり
お伴する諸善万行皆他力
名号は他力廻向の法なれど
情けなや他力他力と思うだけ
名号は眺むる法に非ずして
親と子が仏凡一体機法一体
信なくも善根励めば果報よし
信有れど善根積まねば果報なし
六字には万善万行の徳あれど
名号も行わざれば功徳なし
信の上身口意の三業慎まん
往生は仏智の不思議無条件
受けた恩報謝の行は根かぎり
この功徳万行円備の嘉号なり
有難や煩悩菩提体は無二
不思議なり罪障功徳の体となる
法の徳常行大悲のと顕わるる
実行は敢行貫行慣行だ
愧ずかしや名利の心離れない
離れねどせずにおれない有難さ
鴻恩の一滴だにも返せない
慎めよ口の禍百雷だ
慎めよ身の過失は永久に
古くとも犯人あれば法は生き
古も今も変わらぬ心の病
知らざりき子が病みて知る親の恩
我が心善と知りつつ励めない
我が心悪と知りつつ止め得ない
我が心親切がない慈悲がない
我が心忍ぶ心が更にない
我が心弁えがない智恵がない
我が心同情がない奉仕がない
我が心交際がない誠意がない
我が心施しがない笑顔がない
我が心慎みがない徳がない
有るものは欲に色気に食い気だけ
有るものは名利に邪見ずぼらだけ
有るものは他人の攻撃ねたみだけ
有るものは自惚れへだて自慢だけ
有るものは負債返さぬ心だけ
有るものは盗み心に猜疑心
有るものは頑固一徹押し通す

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-16 22:06  

『法界』(親鸞聖人御生誕八百年記念)より 1~200

世の金は閻魔の前で役立たぬ
家内中声を揃えてお念仏
清き法遠く末代照らすなり
久遠より叫びし親の御念力
光明と寿命の徳に包まれて
死線越えただ生き生きとお念仏
多善根無限の宝はお念仏
手を合わせ感謝するのも他力から
徳の字は直き心になれよ人々
何よりも悩みのないのが至極楽
念仏は寝ても覚めても離れない
福不苦と実る果報はお念仏
遍照の光明照らしてほがらかに
本願の力強さにほだされて
万徳の宝あふるる信の徳
身にしみて感ずるものは恩と業
お念仏母の教えの有難さ
無理するな泣かした人も泣かさるる
み仏に動かされては苦にならず
世は常に善に組するものと知れ
笑顔せよ草木も花も笑顔する
念仏で光り輝き家栄え
自ずから備わるものは信の徳
うかうかと暮らす中にもお念仏
慈悲の人見れば見るほど美しい
親の種子に花咲いて実は孫に
生命がけ法求むれば財は湧く
信あれば思いのままになるくらし
晴れわたる大空のごと苦抜けせり
帆を上げて慈悲の航海あら楽し
臨終を今出して聞け三定死
鬼は外 不苦は有智なら家栄え
福は外 遠仁は内なら喧嘩だけ
お念仏われ生くる道ほかになし
有為の山越えねば無為の都なし
一念に無明の闇は晴れにけり
野も山も光明照らして朗らかに
狂いなし因果の理法鮮やかに
万灯の火より尊い信の灯は
希有の法私が仏になるのとは
ふ抜けにも仏智満入無上覚
眼に見えぬこの世の宝もろうたか
末とおる弥陀の誓いの有難さ
知らなんだ知らなんだなあ知らなんだ
み仏の一人子がわしと知らなんだ
この幸が現当二世とは知らなんだ
この功徳広大無辺と知らなんだ
人間の知恵が闇とは知らなんだ
この鬼が仏となるとは知らなんだ
この苦悩蒔いた種とは知らなんだ
強欲が貧乏の種とは知らなんだ
親の因子に報うとは知らなんだ
この御恩仏智の不思議と知らなんだ
この悲劇因果の道理を知らなんだ
信仰はこうも安いと知らなんだ
煩悩が御恩の種とは知らなんだ
こうまでも機執が晴れると知らなんだ
ただのただ仏智の不思議と知らなんだ
お護りが冥衆護持とは知らなんだ
この果報至徳具足と知らなんだ
逆境が転化するとは知らなんだ
諸仏等の称讃護念知らなんだ
この無智が心光常護と知らなんだ
大歓喜心多歓喜と知らなんだ
無慚愧が知恩報徳知らなんだ
この布教常行大悲と知らなんだ
暴れ馬入正定聚と知らなんだ
泥凡夫諸仏同等と知らなんだ
今日の今日恵まれすぎて涙ぐむ
逢う人が業それぞれに苦しめり
威張るなよ真実なき身が真実なり
空威張り末のとおらぬものばかり
虚仮不実いかに飾るも虚仮不実
慈悲もなく知恵もなき身をいかにせん
この蛇蝎如来の廻向で大飛躍
無碍自在無人の境を突っ走る
有難いみなはらかはら手を合わせ
逆境も総攻撃も乗り越えて
大空の晴れわたりたる心なり
世の中の愛憎違順も腹の中
愚痴つくな天地自然は微笑めり
反対も恨みも呪いもなかりけり
秋の虫お前の齢いくばくぞ
あの虫も菩提の道に入れよかし
仏法に遇うた嬉しさ南無阿弥陀
念仏を称えて死ねばそれが本望
有難い喜ぶ心が喜べる
人々よ心に錦飾れかし
人々よ何を求めて何を追う
影を追い影にだまされ影に泣く
浮世とは選挙で言えば浮動票
浮世とは浮きつ沈みつ流れ行く
浮世とは夢に描ける蜃気楼
浮世とはたよりなるものなきことだ
浮世とは名利も人も散って行く
苦にやむな冬去りぬれば春が来る
我他彼此と争いつつも死んで行く
仮の世に借り物借りて仮の夢
晴れて見よ天地宇宙がみな笑顔
あら不思議おはからいとも知らないで
謗法も闡提も皆仏の子
スタートは信の一念鮮やかに
信以後は尽形寿まで報謝なり
自信とは二種深信の据えどころ
難の難 真の報謝は教人信
念仏に勝る善なし徳もなし
信なくば名利栄達業の種
この罪が御恩喜ぶ種となり
一大事一息入らねば真の闇
財産も地位も名誉も流れ行く
我が物と思いし身体ままならず
信有れば賎が伏屋も御宮殿
愉快なり宇宙全体わが心
念仏無間 念仏間なく相続だ
禅天魔 天地の悪魔が皆護る
真言 嘘つくな法律さえもいらぬこと
国賊は真の世界でみな亡ぶ
健康が喜びの中の喜びだ
悪なせば身の置場なし天地間
善なせば九尺二間が大宇宙
仏智無辺 散乱放逸もすてられず
不思議力 罪業深重おもからず
慈悲の極 破戒無戒もへだてなし
み仏の心のままに計らわれ
御恩なり暑さ寒さの判る嬉しさ
降ってよし照って又よしみなよい日
御恩をば御恩と知るが仏の恩
怪我もなく育みたまいし親の恩
衣食住 与えたまいし民の恩
生命と宝守りし国の恩
あら尊歓喜懺悔も皆御恩
急げ人無常の疾風待ったなし
大船に乗ってこの身はいとやすし
苦海にも慈悲の航海あら楽し
赦されて嬉し愧ずかし有難し
よもすがら三仏諸仏と語り合う
一人居て広大会をば楽しめり
宿善のなき人見ては涙ぐむ
定めなき有為転変が定めなり
とどめなく歓喜の泉湧きいづる
み仏はここを去ること遠からず
彼此三業不相捨離とは有難い
我動作仏は常に御照覧
親のみ名われ称うれば聞きたまう
知見とは散乱粗動もおん見抜き
一人来て一人帰るの旅路なり
寂しさは親をなくした子供なり
侘しさは子に残されし親の影
今日も亦空しく明けて消えて行く
南無阿弥陀申し訳なし火の車
縁にふれ心の平和が保てない
慈眼もて眼は口程に物を言う
口先が禍の門と知りながら
舌刀が相手の胸をえぐり抜き
布施の行手足の苦労惜しまずに
悪口の毒の炎は世を焦がす
言うよりも劣らぬものは思う罪
何もかも巻き上げられて南無阿弥陀
人生の最大慶喜何だろう
色と欲飲んで騒いで道迷う
精神の修養などは過去の夢
肉体の我欲のままに狂うてる
御恩とも有難いとも思わない
社会も国もヮッショワッショで皆破壊
ツイストで踊り狂うて金がない
行き詰まり強盗殺人皆平気
この行為親を泣かしてこに泣かさるる
善の道上り坂には登れない
悪の道下り坂なら停まらない
衣食たり礼節知るとは真なり
赦されて生かされている知らなんだ
誰もみな因果因果で流転する
流転とは泣くも笑うも流れ行く
夢の夢愛欲栄華消えて行く
祖師の徳末代までも輝けり
信の徳闇の中にも光りあり
禍の中にあれども無碍の徳
煩悩の苦毒の中にお念仏
手を合わすことさえ知らぬ人もある
行者とは行うてこそしるしあり
言う易く行う難し何事も
何事も必死の努力群を抜き
天地の自然の道にさからうな
我が行は精進にして倦まざらん
今日も亦御恩の中で有難い
信一念語る人なし聞く人もなし
聖人の極意もこれで失せにけり
聖人の噂に涙流してる
話だで自己の苦悩は晴れてない
立志伝読んで感激してるだけ
乗り越えて無我の世界を雄飛せよ
恙なし一家揃うて今が極楽
呪い合う今ガタガタが今地獄
心せよ親に仕える福の業
あれを見よ親に背いて身の破滅
根に持つな時ぎり場ぎりが有難い
根に持てば何時もぶくぶく噴火口
清き法たださらさらとさらさらと
他人の傷よく眼についてわれ盲目
眼糞めが鼻糞笑う共に糞

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# by tommyfebruary28 | 2010-09-16 19:22